ヒメアノ〜ル
TOHOシネマズ
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坂本くんの舞台を観に東京へやってきて、家の近くの映画館で上映してないからヒメアノ〜ル観てから帰らなきゃ!ごうくんごうくん!と思って観た。
観終わってすぐに、新幹線の時間があるからひたすら町中を走っていて、ふと、
自分がふつうに生活していることの違和感を感じる。
あんな映画を観て、ふつうに、新幹線間に合わないからって走って、なにこれふつうだって、そんなふつうがあっていいのだろうかって疑問に思って、それはただ自分のありふれた生活の一片なんだけど。
でも森田の人生をふつう、とは言わないのだろうか。
なにがふつうか、誰が決めるんだろう。
たとえば自分がいじめられていたら?
たとえば人を殺したいと思ったことはないか?
たとえば「焼肉食いてぇ」、とか?
たとえばいらついて何かにあたったことは?
"ふつう"だ。
やるかやらないかの違いだ。
彼は気持ちのままに生きただけなのだ。
簡単に言葉にできる作品ではない。
この映画は、きっと説明しないほうがいい。
でも観てくれこれはすごい作品だぞ!というには中身が壮絶で簡単に人にすすめられない、だからこそ観てほしくもあるのだけど、でも自分がこの映画観てって言ったことで興味を持って観た人の、"何か"を変えてしまうような、そんな恐怖がこの作品にはあった。
「あのシーンが」とか「森田剛が」とか「殺し方が」とか簡単に言葉にしない。ただ、考える。考えて考えて、でも分からないのだけれど、彼の気持ちなんか分からないし結論が出るわけではないんだけど、でも考える。
その先にそっとあらわれる思いを、大切にしたいと思う。
ただこれだけは書いておきたい。
「最後のシーンがあったから、この作品に出演したいと思った」ーーー森田を生きた森田剛の言葉は、わたしの心にとても強く残っている。